​​創作小説

片腕邪神

「暑いね……」
 ルナは草木をかき分けるように、ジャングルを進んでいた。昨日キャンプをした場所からすでに、徒歩で3時間。目的地の洞窟はそろそろ見えてくるはずだった。
 ルナは世界各地の遺跡をめぐり、遺物を発見することを商売にしている。ありていに云えば、トレジャー・ハンターである。だが、ルナ本人はトレジャー・ハンターと呼ばれるのをひどく嫌っていた。
 ルナが今回目指しているのは、アマゾン奥地で伝承される『古き神』の遺跡だった。今まで人類の歴史に登場したことのない、未知の神を祀る祭壇が、そこにあると言われている。
ルナがこの話を聞きつけたのは半年前。
ブラジル、サンパウロの場末の酒場で、とある老人から情報を得たのが最初だった。それから裏付けをとって、場所を特定するのに4ヶ月、準備をするのに2ヶ月をかけた。
 そして、2週間前にルナは密林に足を踏みいれた。部族の集落を点々としながら、進むこと12日。そして、最後の集落を後にしたのが一昨日。途中でキャンプをはさみながら、ここまで到達した。
「ついに見つけた。ここが『古き神』の遺跡の洞窟……!」
 ルナの目の前には洞窟がぽかりと口を開けている。ルナが老人から買い取った古文書に書いてあるとおりだった。この古文書、出どころは不明ではあるが、書いてある情報は今のところは正確だった――解読した、「彼女」が違えていなければだが。

 ルナが洞窟の中に侵入すると、そこには誰かが入った形跡がまるでなかった。古文書によれば、最奥にその遺跡があるという。
キィキィ!
 頭の上をコウモリが飛び、足元をネズミが走る。
「系統不明。伝承も残っていない、どんなカミサマが祀られているか…‥興味深いね」
 ルナは鼓動の高鳴りを感じながら、足をすすめる。どこまでも地下に続いているような下り坂が続いていく。洞窟の外の蒸し暑さとは一転肌寒ささえ感じられた。

「ここが最深部で『古き神』の遺跡ね……ふぅん、なかなかのものじゃないの」
 洞窟を奥に進むこと8時間。ルナは、ついに――ソレを発見した。
天然の岩肌だった洞窟が、明らかに知能のあるモノが造ったと思われる、石造りの遺跡に変化していた。
「この石組みの精度――インカのものよりも更に精密だね……」
 この遺跡を遺した者たちは、相当に高度な技術を持った存在だったらしい。石壁、石畳は薄紙1枚挟み込めないほどにきっちりと組み込まれている。
「でも、なんでこんなジャングルの奥地、地の底の底にこんな遺跡を……?」
 疑問の答えは、ここで遺物を回収して持ち帰って、専門家に評価してもらうまではわからない。それがルナのいつもの仕事だった。
石造りの遺跡の奥に、ひときわ大きな石扉があった。
「さてと……この扉、開くかしらね――よし、開いた!」
ピッタリと組み合った石扉に手を当て、軽く押す。すると、その扉は封印を解かれたかのように、ゆっくりと開いていった。

 ルナは遺跡の奥の奥に到達した。
 そこは何かを祀った祭壇のようだった。
「祭壇……? 見慣れない様式の彫像……それに、モノリス。なにか書いてある」
 祭壇に鎮座するモノリスに石版が埋め込まれていた。
「これは――なんとか読めそうだね」
 ルナが以前に解読したことのある古文書に書いてあったのと似た系統の文字が、そこには刻み込まれていた。その古文書も出どころがはっきりしないものだったことを、ルナは思い出していた
「なになに……」
「クラトゥ」
「ベラタ」
「ニクトゥ」

「な、なにっ!?」
 ルナがそれを読み上げた瞬間、石版にヒビが入り、粉々に砕けた。
 キィィィィン!
「きゃぁっ!」
 甲高い音が遺跡内に満ちる。
 ルナは立っていられないほどのめまいに襲われ、しゃがみこんだ。
「くっ、なにが……ッ!?」
 じゅくじゅくと熟れたトマトを潰すような、耳障りな音が背後からした。
 そちらに振り向くと、『ソレ』がそこに居た。
 異形の肉塊がそこに存在していた。
 『ソレ』はそういう風に表現するのが一番しっくりとした。肉の塊に手足が生えたような、醜悪な化け物。
「ちぃっ……とんでもないモノを呼び起こしちゃったか……!」
 どう見ても友好的な存在に見えない『ソレ』は全身を震わせながら、ルナの方にじりじりとにじり寄ってくる。
ルナは太腿のホルスターにさしていたハンドガンを抜いた。正直、『ソレ』に銃撃が効果あるかどうかはわからない。

「ケリは自分でつけないと、ね……!」
 ルナが異形に向けて左手でハンドガンを構える。
 バンッ! バンッ! バンッ!
 『ソレ』に照準を合わせて、引き金を三回引く。どこに当たれば効くのかは想像もできなかった。なのでルナは、一番柔らかそうな部位――眼球を狙うことにした。ハンドガンから放たれた弾丸は、一直線に『ソレ』の眼球に吸い込まれていく。眼球のひとつが空気を入れすぎた風船が破裂するように弾けた。

「ひっ!?」
 弾けた眼球から飛び散った『ソレ』の体液が飛散し、ルナの体を濡らす。
 ルナは自分の不用意を恨んだ。その体液には麻痺毒が含まれていたらしく、濡れた箇所の間隔が奪われていく。
「く、くそがぁっ!」
 だんだん上がらなくなる左腕を無理に動かし、ルナはひたすらに引き金を引いていく。照準が定まらないが、この距離ならば関係はなかった。
『ソレ』の躰が散発的に弾ける。

「これで! どうよ!?」
 異形は完全に沈黙しているようだった。
「案外、他愛もなかったね……早いところ、トドメをさしちゃわないと…‥」
 ルナはさらに銃撃を加え、『ソレ』を完全に殺すべく、銃をリロードした。
「――!?」
 一瞬の違和感をルナは覚えた。
 それは致命的な違和感だった。
「う、腕がッ――!?」
 肉塊から伸ばされたブレード状の触手の先端が、ルナの腕を肩口から切断していた。痛みはそれほど感じない。ただただ、焼けるような熱を感じる。
「くぅ――ッ!?」
 その伸びた触手がルナの右肩に取り付いた。
 瞬間、『ソレ』の強烈な意思があたしの思考に直接流れ込んでくる。
『カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ カラダヲモラウゾ』
「こいつ……。わたしの体を――!?」
 一度は諦めかけたルナだったが、その強烈な意思が逆に彼女を頑なにした。
「くっ、侵食される……!? だけど―――!」
 ルナの精神力が、肉体を凌駕していく。

「ふ・ざ・け・る・な!!」

――ヤメロ……!
――ヤメテクレ……!
――ダ、ダメダ……!
――ヤメロォォォォ!!

『ソレ』の意思をルナの精神は完全に打ち負かした。驚くべきほどの精神力を、ルナは有していたのだ。
「わたしの体を奪おうだなんて、一億光年早いッ!」
 ルナの勝利宣言が遺跡に響く。『ソレ』の意思は薄弱になり、文字通りの意味でルナの右腕に成り下がった。

 名も、伝承もない、『古き神』。
 はたして、それが本当に神だったのかどうかは、今となってはわからない。『ソレ』は神性まるでを失い、人間の腕になってしまったのだから。


こうしてルナは、片腕邪神を手にいれた。